公営企業の事業別損益計算:多角的な経営分析と改善策立案への応用
公営企業の経営は、住民サービス提供という公共的使命と、独立採算制という企業的側面という二つの要素を両立させる必要があります。特に、複数の事業を営む公営企業においては、組織全体の損益を把握するだけでなく、各事業部門の採算性を詳細に分析することが、持続可能な経営を実現し、サービス向上と財政健全化を図る上で極めて重要です。
本記事では、公営企業における事業別損益計算の意義、具体的な計算手法、そしてその分析結果を経営改善や料金設定、資源配分の最適化にどのように応用していくかについて、専門的かつ実践的な視点から解説いたします。
公営企業における事業別損益計算の意義と目的
公営企業会計においては、事業全体としての財務状況を明確にするための財務諸表が作成されます。しかし、例えば上下水道事業、交通事業、病院事業など、複数の異なる事業を営む場合、全体損益だけでは、どの事業が収益を上げ、どの事業がコストを圧迫しているのかを把握することは困難です。ここで事業別損益計算が不可欠となります。
事業別損益計算の主な目的は以下の通りです。
- 事業ごとの採算性評価: 各事業が独立してどの程度の収益を上げ、どの程度の費用を要しているのかを明確にし、事業ごとの収益性や効率性を評価します。
- 経営資源の最適配分: 採算性の高い事業への投資や人員配置の強化、不採算事業の見直しなど、限りある経営資源を最も効果的に配分するための基礎情報となります。
- 料金設定の適正化: 事業ごとの原価を明確にすることで、提供するサービスに対する適正な料金水準を検討する際の重要な根拠となります。
- 責任会計の確立: 各事業部門に損益責任を持たせることで、部門ごとのコスト意識を高め、効率的な事業運営を促します。
- 経営改善策の立案: 赤字事業やコスト構造上の課題を具体的に特定し、それに対する改善策や事業再編の検討材料を提供します。
これらの目的を達成するためには、公営企業会計基準に基づきながらも、実態に即した精緻な計算と分析が求められます。
事業別損益計算の具体的な手法
事業別損益計算を行う上で最も重要な点は、収益と費用を各事業にどのように帰属させるか、特に間接費の配賦基準をいかに設定するかという点です。
1. 収益の帰属
収益は原則として、その収益を生み出した事業に直接帰属させます。例えば、水道料金は水道事業、乗車運賃は交通事業といった形で明確に紐づけることが可能です。補助金や交付金についても、特定の事業に支給されているものであれば、その事業の収益として計上します。
2. 費用の配賦
費用は「直接費」と「間接費」に分類し、それぞれ適切な方法で事業に帰属させます。
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直接費: 特定の事業にのみ発生し、直接的に紐づけられる費用です。例えば、水道管の維持補修費、バスの燃料費、病院で使用する医薬品費などが該当します。これらは発生時に該当事業の費用として計上します。
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間接費: 複数の事業に共通して発生し、特定の事業に直接紐づけることが困難な費用です。例えば、総務部門の人件費、共通で使用する施設の減価償却費、法務や経理部門の費用などが該当します。間接費は、合理的な基準に基づいて各事業に配賦する必要があります。
間接費の配賦基準の例: 間接費の配賦基準は、その費用が何によって発生したのか、どの事業がどれだけその恩恵を受けているのかを考慮して設定します。
- 人件費(総務・経理など): 各事業の人員数、売上高、労働時間、あるいは特定業務に費やした時間比率など。
- 共通施設の減価償却費・維持費: 各事業が利用する施設の床面積、利用頻度、利用時間など。
- ITシステム関連費: 各事業の利用ユーザー数、データ量、利用回数など。
- 電力費・水道費(共通部分): 各事業の利用面積、設備台数、稼働時間など。
配賦基準選定の留意点: 配賦基準の選定は、事業別損益計算の結果に大きく影響します。恣意的な基準は避け、以下の点を考慮し、最も公平かつ客観的、合理的な基準を採用することが重要です。
- 因果関係: 費用発生と事業活動との間に明確な因果関係があるか。
- 測定可能性: その基準に基づいて費用を正確に測定できるか。
- 一貫性: 一度定めた基準は継続的に適用し、比較可能性を確保する。変更する場合は、その理由と影響を明確にする。
- 透明性: 基準が明確であり、関係者が納得できるものであるか。
3. 事業別損益計算書の形式例
具体的な計算は、以下の様な損益計算書の形式に沿って行われます。
| 項目 | 事業A | 事業B | 共通部門(配賦前) | 全体合計 | | :------------------- | :---------- | :---------- | :----------------- | :------- | | 収益 | | | | | | 営業収益 | 1,000,000 | 500,000 | - | 1,500,000| | 受託事業収益 | - | 100,000 | - | 100,000 | | 合計収益 | 1,000,000| 600,000| - | 1,600,000| | | | | | | | 費用 | | | | | | 材料費 | 200,000 | 50,000 | - | 250,000 | | 職員給与費(直接部門)| 300,000 | 150,000 | - | 450,000 | | 減価償却費(直接資産)| 100,000 | 50,000 | - | 150,000 | | その他直接費用 | 50,000 | 30,000 | - | 80,000 | | 直接費用合計 | 650,000 | 280,000 | - | 930,000| | | | | | | | 共通費用(間接費)| | | | | | 共通人件費(総務・経理)| (配賦後) | (配賦後) | 120,000 | 120,000 | | 共通施設の減価償却費 | (配賦後) | (配賦後) | 80,000 | 80,000 | | その他共通費用 | (配賦後) | (配賦後) | 50,000 | 50,000 | | 共通費用合計 | | | 250,000 | 250,000| | | | | | | | 事業別配賦例 | | | | | | 共通人件費(例: 人員比でA:60%, B:40%)| 72,000 | 48,000 | - | 120,000 | | 共通施設の減価償却費(例: 利用面積比A:70%, B:30%)| 56,000 | 24,000 | - | 80,000 | | その他共通費用(例: 売上高比でA:66.7%, B:33.3%)| 33,350 | 16,650 | - | 50,000 | | 配賦後共通費用合計| 161,350| 82,650 | - | 244,000 (端数調整)| | | | | | | | 総費用合計 | 811,350| 362,650| - | 1,174,000| | | | | | | | 事業別損益 | 188,650| 237,350| - | 426,000 |
この例では、配賦基準によって共通費用が各事業に割り振られ、最終的な事業別の損益が計算されます。配賦前の共通費用が250,000であるのに対し、配賦後の合計が244,000となっているのは、端数処理によるものです。
事業別損益分析を通じた経営改善への応用
事業別損益計算によって得られた情報は、単なる数値の羅列ではなく、経営状況を深く洞察し、具体的な改善策を立案するための羅針盤となります。
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採算性の評価と課題特定: 各事業の損益を比較することで、収益性の高い「稼ぎ頭」事業と、赤字や低収益の「課題事業」を明確に特定できます。課題事業に対しては、なぜ赤字となっているのか、売上高が低いのか、費用が高いのか、コスト構造に問題があるのかといった深掘り分析を行います。
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コスト構造の分析と削減: 事業別に費用を把握することで、どの費目がコストの大半を占めているのか、固定費と変動費のバランスはどうかといった分析が可能になります。例えば、人件費、材料費、減価償却費、維持管理費など、費目ごとの比較を通じて、効率化や削減の余地がある領域を特定し、具体的な削減目標を設定できます。特に間接費の配賦基準の見直しは、コスト意識の向上に繋がる場合があります。
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料金設定の適正化への示唆: 事業ごとの原価を把握することは、提供サービスに対する適正な料金水準を検討する上で不可欠です。採算の取れていない事業の料金が、原価を大きく下回っていないか、あるいは過度な料金が設定されていないかを検証し、料金改定の根拠とすることができます。ただし、公営企業においては公共性も考慮した料金設定が求められるため、単純な原価回収だけでなく、社会的影響も総合的に判断する必要があります。
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事業ポートフォリオの見直し: 長期的な視点から、各事業の将来性や公営企業としての存在意義を再評価します。不採算事業については、サービス内容の見直し、統合、あるいは撤退の可能性も含めて検討を行います。一方で、将来的な成長が見込まれる事業には、重点的な投資を行い、経営資源を集中させることで、企業全体の収益力向上を目指します。
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部門別責任会計の確立とインセンティブ設計: 事業別損益計算の結果を各事業部門の評価指標として活用することで、部門長や職員が自身の業務が事業全体の損益にどのように影響するかを意識し、より効率的・効果的な業務運営を行うモチベーションに繋がります。目標達成度に応じたインセンティブ制度の導入も検討できるでしょう。
これらの分析と応用を通じて、公営企業はより戦略的な経営判断を下し、財政の健全性を維持しつつ、住民サービスの質向上に貢献することができます。
結論
公営企業における事業別損益計算は、多角的な経営分析を行うための強力なツールです。単に数値を計算するだけでなく、その背景にある経営実態を深く読み解き、具体的な改善提案へと繋げることが真の価値となります。
本記事で解説した手法と思考プロセスを参考に、貴組織における財政分析の精度を高め、持続可能で効率的な公営企業経営の実現に貢献できることを願っております。継続的な分析と見直しを通じて、常に最適な経営判断を目指してください。